
北朝鮮の核実験地点(中国のサイトから)
昨日は、午前中雨で肌寒かったが、午後からは天気も回復し暖かかった。
北朝鮮が第2回地下核実験を行い、ニュースは世界を駆け巡った。
本日は早朝に国連の緊急安全保障理事会が開催された。今月の議長国はロシアだ。
これから、日本のメディアで低級な北朝鮮・金正日非難が繰り返されよう。
しかし、金正日は、本当に孤独で、実は今回のカードで「朝鮮半島の非核化」に第一歩を踏み出したのかもしれない。そう考えたのは、昨25日、5月23日に自死した韓国の盧武鉉大統領の遺族に、異例の弔電を送っているからだ。彼との間には、直接会談があり、後輩の盧武鉉は、金正日を先輩として敬い、太陽政策を継続したことで知られる。
以下に、金正日の目で見た本日までの外交年表を示す。
金正日関係年表(核実験とミサイル開発関連)
1940年9月20日、麻生太郎生まれる
1941年12月19日、李明博生まれる
1942年2月16日、金正日生まれる
1942年12月21日、胡錦濤生まれる
1946年9月1日、盧 武鉉生まれる
1961年8月4日、バラク・フセイン・オバマ・ジュニア生まれる
1965年9月14日、ドミートリー・アナトーリエヴィチ・メドヴェージェフ生まれる
1998年8月31日に、地域の諸国に対する事前通報を行わずにミサイル発射
2000年6月、韓国の金大中大統領を平壌に迎え、南北首脳会談「南北共同宣言」発表)
2000-2001年にかけイタリア、イギリス、カナダ等西側諸国との国交を樹立
2001年9月、アメリカ同時多発テロ事件
2002年にはアメリカのブッシュ大統領が、北朝鮮、イラン、イラクの3ヶ国をテロ支援国家であるとし、「悪の枢軸 (axis of evil)」
2002年7月以降、経済改革に着手
2002年8月、金正日国防委員長訪露
2002年9月17日、小泉純一郎首相との日朝首脳会談、「日朝平壌宣言」
2002年11月15日、胡錦濤・中共総書記
2003年3月15日、胡錦濤国家主席に就任
2003年、イラク戦争の最中には密かに中華人民共和国の北京を訪問
2003年8月27日-29日、核問題を中心に、日本、韓国、ロシア、中華人民共和国、アメリカ合衆国と共に第1回六者会合(六ヶ国協議)
2003年10月、呉邦国中国全人代常務委員長訪朝
2004年2月25日-28日、第2回六者会合
2004年4月、金正日国防委員長訪中
2004年5月、小泉総理訪朝
2004年6月23日-25日、第3回六者会合
2004年7月、シアヌーク・カンボジア国王訪朝
2004年9月1日に高英姫夫人の死亡が報道
2004年11月、オバマ上院議員に就任
2004年12月、バガバンディ・モンゴル大統領訪朝
2005年1月、ラントス米下院一行訪朝
2005年2月、ウェルダン米下院軍事委副委員長等下院訪朝団訪朝、王家瑞中国共産党中央委員会対外連絡部長訪朝
2005年3月、胡錦濤軍事委員会主席に就任
2005年6月、鄭東泳韓国統一部長官訪朝
2005年7月、唐家セン中国国務委員訪朝
2005年7月26日-8月7日第4回六者会合(第1セッション)
2005年8月、プリコフスキー・ロシア極東連邦管区大統領全権代表訪朝、ジェームス米下院国際関係委員会アジア太平洋分科委員会委員長等訪朝
2005年9月13日-19日、第4回六者会合(第2セッション)
2005年10月、呉儀中国副首相訪朝、プリコフスキー・ロシア極東連邦管区大統領全権代表訪朝、胡錦濤中国国家主席訪朝
2005年11月14日、メドベージェフ第一副首相に任命
2005年11月9日-11日、第5回六者会合(第1セッション)
2006年4月、金桂冠副相訪日、唐家セン中国国務委員訪朝
2006年7月5日に弾道ミサイルを複数回発射
2006年7月15日には北朝鮮のミサイル発射をきっかけに国連安全保障理事会は決議第1695号(北朝鮮のミサイル発射実験に対する決議)を全会一致で決議
2006年10月9日、核実験実施を発表
2006年10月14日、国連安全保障理事会は決議第1718号(北朝鮮核実験実施に対する国連制裁決議)を全会一致で採択
2006年10月18日、唐家セン中国国務委員訪朝
2006年12月18日-22日、第5回六者会合(第2セッション)
2007年2月8日-13日、第5回六者会合(第3セッション)
2007年3月、第1回「米朝国交正常化のための作業部会」(於:ニューヨーク)、第1回「日朝国交正常化のための作業部会」(於:ハノイ)
2007年3月19日-21日、第6回六者会合(第1セッション)
2007年7月、楊潔チ中国外交部長訪朝
2007年7月、六者会合首席代表者会合
2007年9月、第2回「米朝国交正常化のための作業部会」(於:ジュネーブ)、第2回「日朝国交正常化のための作業部会」(於:ウランバートル)、第6回六者会合(第2セッション)(2007年9月現在、国交のある国は162か国)
2007年10月、第2回南北首脳会談(金正日総書記と盧武鉉大統領)
2007年11月、南北総理会談
2008年2月25日、李明博大韓民国大統領に就任
2008年5月7日、メドベージェフ大統領就任
2008年8月、金正日脳卒中で倒れる
2008年9月24日、麻生太郎閣総理大臣に就任
2009年1月17日、北朝鮮が韓国との「全面対決」を宣言
2009年1月20日、オバマ、アメリカ合衆国大統領就任
2009年4月5日、北朝鮮が長距離ミサイル発射
2009年4月14日、国連安全保障理事会、北朝鮮によるミサイル発射非難の議長声明、北朝鮮は猛烈に抗議、6カ国協議からの脱退を宣言
2009年5月25日、北朝鮮地下核実験(米中に事前通告)、短距離ミサイルも2発発射
2009年5月25日、金正日(キム・ジョンイル)総書記は、23日に死亡した韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領の遺族に異例の哀悼の意を表明
2009年5月26日、国連安全保障理事会、緊急開催
次に、昨日の中国のニュースを示す。冷静である。
韓国:北朝鮮中央日報、第二次核実験をとおして核兵器を強化
2009-05-25 19:04:26
sina新浪博客
http://blog.sina.com.cn/
北朝鮮、25日に核実験を行い「成功」す(北朝鮮朝鮮中央通信等報道)
朝鮮中央通信は、「共和国は自衛のための核抑止力を強化する大きな節目を迎え、地下核実験を2009年5月25日に成功させた」と発表し、「今回の試験的核爆発の制御技術は、さらに高い安全レベルとなった」と述べた。
先月29日、国連安全保障理事会は、北朝鮮の長距離弾道ミサイル発射に関する議長声明を発表し、その「即時謝罪」を希望したが、北朝鮮外務省の報道官は、この警告から一ヵ月後の本日、北朝鮮が核実験を行なったと発表した。
朝鮮中央通信は、さらに「実験結果は、核兵器の力をさらに大きくし、核技術も無限に発展し、科学技術上の問題も順調に解決している」と主張し、「核実験は国家と民族の自主権を保障し、社会主義的発展の貢献に寄与した」と述べた。
北朝鮮の核実験はM3.5程度の地震を引き起こしたが、今回はM4.5程度の地震を起こし、強大な威力を示した。北の核について、六者協議にかわって、国連安全保障理事会は、2006年10月、制裁決議第1718号を発表した。
今回、全世界の北朝鮮の核実験反対の声が高まるなか、朝鮮半島を取り巻く核問題は緊張にあり、懸案の諸問題も激化する可能性がある。
以上でわかるとおり、中国の主席以外の他の米韓ロ日の首脳と金正日は面識がない。そればかりか、強硬姿勢の麻生と李は先輩で、後は後輩である。オバマやメドベージェフは、長男の正男(1971生まれ)の世代というべきだ。後継問題や、権力体制の保全を考えたときに、中国はかつてのように「兄貴」ではないし、本当に、孤独感のなかで金正日は今回の連続的な「カード切り」を行なったように見える。「いま切らなければ、自分には次の舞台がない」「このまま持久戦でいけば、大国の思惑どおりの外交で押し切られてしまう」といった思いが去来し、しかも最愛の英姫夫人が死んで以来、心から相談できそうな側近もいなくなった。
日本にできそうなことは限られている。ただ、静観を装いながら、第三国経由で非公式に接触を積み重ね、六者協議再開までに準備を整えておく必要がある。じっと待っているだけでは、何も生まれない。
0 件のコメント:
コメントを投稿