
正月2日の富士山
2010年の正月は、暖かく過ぎた。
賀状も、カードとメールで往来した。
2日の朝は、韓国の旧友と、電話会議を行い、早速、資料取材方針を固めた。
3日の深夜に資料を発送し、初仕事とした。
およそ、A4で70ページのボリュームだ。
4日になり、ニュースを開く。
『中央日報』の『【コラム】韓日強制併合100年、そしてこれからの100年』は興味深い記事だ。
しかし、「読者の投稿」がひどい。
明らかに特定の個人やグループの一方的な「意見表明」の場と化している。
早速、中央日報社にメールを送った。
「投稿規程を厳重にし、サイトから個人情報をすべて確認の上、「匿名」もしくは
「ペンネーム」で投稿できるようにしないと、一部のものの「いいたい放題」を
助長するだけです。
意見内容の規制ではなく、投稿者に責任を自覚させるための方策です。」
以上の内容である。
また、『琉球新報』の記事:
「新年を迎えて/軍の論理より民(たみ)の尊厳守る年 犠牲の上に立つ「同盟」なし」(2010年1月1日)
「県が基地返還計画 段階的な整理縮小狙う」(2010年1月1日)
「嘉手納町議会、普天間からの一時移駐で7日にも抗議可決」(2009年12月31日)
以上を、単一ファイルにまとめて、専門家に送った。
感謝の賀状が来た。
さらに、Japan Focus誌から新着記事の紹介もあった:
David H. Slater, The Making of Japan’s New Working Class: “Freeters” and the Progression From Middle School to the Labor Market.
ざっと目を通したが、日本の教育学者や、社会学者は、なぜこのような記事が書けないのか、不思議になった。
一方的に韓国メディアに「攻撃」をかけるエネルギーがありながら、現実の高校生の階層分化が、市民社会の危機に連動しているという指摘には、眼をつぶっているのが日本人なのだろうか。
韓国在住のアメリカ人研究者から、占領期日本における日の丸の扱いについて照会があった。
短いレポートにまとめ、PDFで送ったところ、礼状が来た。
多くの日本人は、この正月に「日の丸」のことなど考えてもいないというのに、頭が下がる。
今年も、いっそう、勉強の一年になりそうだ。
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